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仏教の歴史

【法句経】(ほっくきょう)とはダンマパダと言います

        大富豪の仕事術(著者:マイケル・マスターソン)

 

 

 

こし庵
この教えは現在の人の心の中で起こり得ることだね。人の心の中は大昔と今も変わらないんだね

 

日本で法句経(ほっくきょう)という経典はダンマパダをいいお釈迦さまの残した言葉で最も古いお経のことです。

 

ダンマパダとは真理の言葉という意味なのです。26章で作られており423の格言が収められています。

「物事は心に基づき心を主とし、心によって作り出される、もしも汚れた心で話したり行ったりするならば苦しみはその人に付き従う、荷車をひく牛の足跡に車輪がついていくように」
全ては心によって生み出され我々の苦しみも汚れた心も煩悩によって生じるというのです。苦しみの原因となる心の動きを唱えているのでしょうね

 

「実にこの世に於いては、恨みに報いるに、恨みを持ってしたならば、ついに恨みの止むことがない、恨みを捨ててこそ止む、これは永遠の真理である」
人間の心で起きる恨み、つらみの心の制御を唱えています心の制御は人間にとって頭では分かっているのだけど非常に難しい、この二つの格言の短い句から分かるのは、まさに心理です。
ただ頭で考えて理解しても実践できなければ何もなりません。私たちは常日頃、家族や職場での会話で、その時々に起こり得る心理のコントロールが大切なのでしょう。

 

「全ての者が暴力に怯え、全ての者が死を恐れる、己が身を引き比べて殺してはならぬ、殺さしめてはならぬ、全ての者は暴力におびえる、全ての生き物にとって命は愛しい、己が身に引き比べて殺してはならぬ、殺さしめてはならぬ」
非常にシンプル最もな言葉ですが自らに置き換えてみても人は暴力に怯えるのです。命を愛しむ気持ちは人類共通の願いと信仰心の現れです。暴力の連鎖をなくすには政治・経済・医療・教育の立場から考えなくてはならず、この様な取り組みの根本には、己が身に引き比べる...自らの身に置き換えて考える事が大切なこととお釈迦さまは唱えてるのです。相手の気持ちになって考える、身近な人への気遣いが世の中の平和につながって行くということです。

 

「他人の過失は見やすいけれども、自己の過失は見がたい、人は他人の過失を、もみ殻のように吹き散らす、しかし自分の過失は隠してしまう、狡猾な賭博師が不利な賽の目を隠してしまうように」
他人の間違い欠点はどんなに小さくても良く見えるけども、自分の事は大きくても見えないもの、他人の事はもみ殻を吹き散らすように吹聴してしまうが、自分の事は狡猾な賭博師がイカサマをして隠すようにうやむやにしてしまう。といった意味でしょうか。これは人と人の関係だけではなく、現代の社会では会社対会社がお互いにネガティブなキャンペーンをして消費者の購買意欲を煽ったりしている事は良く見られることです。
人は他人の間違い、欠点を指的することで、自分は優れているとか正しいとか勝手に納得し自己満足しているのです。しかし、これではいけないと思い、心を改めても気が付けばまた同じ事の繰り返しをしてしまいます。

 

こし庵
お互いに欠点を指摘できる事、指摘されたことを真摯に受け止めるられる頭と心を持って生きていきましょう。ってことかな

 

「多く説くからとて、それ故に彼が賢明なのではない、心穏やかに恨む事なく恐れることのない人、彼こそ賢者と呼ばれる」
どんなに多く説いたからといってそれで優れた者ということではない、心が穏やかで憎しみの心も無く恐れる者のない人、そんな人を優れた人と呼ぶといった意味でしょうか。
人はさまざまな個性を持っていて、表現方法もさまざまで人前で上手に自分の気持ちや考えを伝える事ができて他人を納得させる事が上手な人がいます。しかし口から出る言葉だけが真実ではないのです。
優れた人の人となりは豊かな心を感じさせ、おもてに見えなくても、身近で接していると心の内側から出る穏やかさを誰もが感じ取れるものでしょう。そのような人の伝える言葉は、口数が少なくても聞く者に、その人の優れた人格や生き方を感じさせるのかもしれません。

 

こし庵
物事を人に伝えるには真摯な姿勢が大切なんだね

 

「心はとらえがたく、かろがろとざわめき欲するがままに赴く、そのこころを収めることは良い事である、心を収めたならば安楽をもたらす」
お釈迦さま心が欲望を生み出し、それが苦しみの原因となる事から心が非常に扱いずらいものであると説いてます
心を整え収める事ができない私たちにはどのような解決方法があるでしょうか。
曹洞宗では坐禅の教えで心を整える、生活の中で心を整える、全ての日常で心を整える、例えば掃除です。部屋が綺麗であっても毎日掃除をするのです一生懸命に掃除をして綺麗になった部屋や身の回りを見て自分の心もスッキリと綺麗になるという事です。

食事の時も作法に従った修行としての食事を心掛けて、お釈迦さまの説かれた教えを心に置いて、ほとけ様に近づけるように心に誓って食事をいただきます。
難しいようですが、お釈迦さまの説かれたお話を心に置いて、自己自身を見つめ直す事を心掛ける毎日なら、あなたは豊かで慈愛に満ちた心を持つでしょう。

 

シャカ
こし庵くんも坐禅をしましょう
僕は足が組めませんよ~(^▽^;)
こし庵

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