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曹洞宗のお寺「年間行持」

曹洞宗のお寺「年間行持」わかりやすくまとめました 9月両祖忌

        大富豪の仕事術(著者:マイケル・マスターソン)

 

 

 

曹洞宗は、お釈迦さまより歴代の祖師方によって相続されてきた「正伝の仏法」を依りどころとする宗派です。それは坐禅の教えを依りどころにしており、坐禅の実践によって得る身と心のやすらぎが、そのまま「仏の姿」であると自覚することにあります。

そして坐禅の精神による行住坐臥(※)の生活に安住し、お互い安らかでおだやかな日々を送ることに、人間として生まれてきたこの世に価値を見いだしていこうというのです。

※「行」とは歩くこと、「住」とはとどまること、「坐」とは坐ること、「臥」とは寝ることで、生活すべてを指します。

 

こし庵
どうもネズミブロガーのこし庵です。曹洞宗のお寺の年間行持についてしらべたよ。一仏両祖忌いちぶつりょうそきってわかる?

 

九月 秋の彼岸 両祖忌

曹洞宗はお釈迦様、曹洞宗大本山永平寺をひらかれた道元どうげん禅師さま、大本山総持寺をひらかれた瑩山けいざん禅師さまを最も大切にしています。お釈迦はいまから二千五百年前ネパールのルンビニーニに釈迦族の王子としてお生まれになりました。王子は深く人生の問題に苦悩され、二十九歳で出家されました。インドで六年の厳しいい修行の後ブッタガヤの地で坐禅の修行により、おさとりになりました。その後八十歳でお亡くなりになるまで、クシナガラの地で弟子の育成と仏法の伝導を続けておられました。
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道元禅師は今からおよそ八百年前に、京都で生まれ十四歳で出家されました。二十四歳で仏道を求め中国の宋の国に渡り如浄禅師にょじょうのもとで修行され「正伝の仏法」を相続されました。正伝の仏法とは坐禅を中心とした教えです。二十八歳で帰国して、その教えを伝える為に修行僧の養成と、一般の人々への教化を行い四十五歳の時に越前に大仏寺のちの永平寺を建立されました。その後も自身も修行の生活を送り、五十四歳で生涯を閉じられました。

瑩山禅師は道元禅師が亡くなられたあと越前にお生まれなり、八歳で永平寺に入り修行を始められました十三歳で僧侶となり十九歳で諸国行脚の志をたてて仏道を求める修行を送っていました。そのおかげで、さまざまな地で仏法を伝えられ、五十八歳の時、諸岡寺の寄進を受けられ名前を総持寺と改名いたしました。のちに、峨山韶碩がさん じょうせきに総持寺を譲り六十二歳でその生涯を閉じられました。瑩山禅師は多くの立派な弟子を育てられ、一般の人々にも広く教えを伝えられ、曹洞宗の発展の基礎を築かれました

 

一仏両祖

 

お釈迦様よりの教え、正伝の仏法は(坐禅、只管打坐)両祖によって今も引き継がれているのです。
この両祖の忌日は旧暦「道元禅師、建長五年八月二十八日」「瑩山禅師、正中二年八月一五日」明治五年末の現在の新暦に改暦された後、両祖様の忌日は「道元禅師、一二五三年九月二九日」「瑩山禅師、一三二五年九月二九日」と二人は同じ九月二九日であるとされました。明治十一年から両祖忌が実地されています。

 

こし庵
こし庵も両祖忌に礼拝してます

 

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