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曹洞宗

【坐禅】から学ぶ生活 | 曹洞宗の教え zen

        大富豪の仕事術(著者:マイケル・マスターソン)

 

 

 

曹洞宗は、お釈迦さまより歴代の祖師方によって相続されてきた「正伝の仏法」を依りどころとする宗派です。それは坐禅の教えを依りどころにしており、坐禅の実践によって得る身と心のやすらぎが、そのまま「仏の姿」であると自覚することにあります。

そして坐禅の精神による行住坐臥(※)の生活に安住し、お互い安らかでおだやかな日々を送ることに、人間として生まれてきたこの世に価値を見いだしていこうというのです。

※「行」とは歩くこと、「住」とはとどまること、「坐」とは坐ること、「臥」とは寝ることで、生活すべてを指します。

 

こし庵
どうもネズミブロガーのこし庵です。曹洞宗には本山が二つあるの知ってましたか?

 

曹洞宗そうとうしゅうは、鎌倉時代に中国の宋から日本に伝えられた禅宗です。臨済宗りんざいしゅう黄檗宗おおばくしゅうとともに日本三大禅宗の一つとされています。永平寺の御開山、道元禅師どうげんぜんしさまが中国から伝えられ、その後、第四祖瑩山禅師けいざんぜんしは多くの優れた弟子を養成し大衆教化にもつとめ、曹洞宗の素地をつくりました。曹洞宗では、道元を高祖、瑩山を太祖として仰いでいます。現在、永平寺・総持寺の両大本山をはじめとして、約一万五千ヶ寺、僧侶二万人、一千万檀信徒を有しています。

また、曹洞宗には、永平寺・総持寺というふたつの大本山があっても、曹洞宗○○派という具合に分かれてはいません。

わたし達も「お父さんとお母さんがいらっしゃるように、ふたつの大本山があっても、ひとつの家なのです」両大本山という説明がなされています。

 

曹洞宗の教えの根幹は坐禅にあります

 

それはお釈迦さまが坐禅の修行に精進され、さとりを開かれたことに由来するものです。坐禅する姿そのものが「仏の姿」であり、「さとりの姿」であるとされます。

道元は起床・食事・掃除・洗面・入浴など、日常生活のすべての行為に坐禅と同じ価値を見いだし、禅とは物事の真実の姿、あり方を見極めて、これに正しく対応していく心のはたらきを調えることを説いています。

お釈迦さまから達磨大師をへて、代々受け継がれてきている坐禅は、正しいほとけの教えを求めて、中国へ渡り修行された道元禅師に伝わりました。曹洞宗の坐禅は、話すことも考える事もせずに座ることに集中します。只管打坐しかんたざただひたすらに坐るということです。何か他に目的があってそれを達成する手段として坐禅をするのではありません。(目的を探すことや、考えること、無心になろうとすることも断ち切るべき雑念)さとりのための手段として修行するのではなく、修行とさとりは一体のものだという修証一如しゅしょういちにょの教えです。


坐禅は姿勢を正し背筋を真っすぐに伸ばして、呼吸を整えて静かに座ります。しかし時間が立つにつれて、頭の中に色々な思いがめぐってきます。また集中力が無くなり眠くなったり、とうとう頭の中は考え事でいっぱいになって、色々な思いを連想してしまいます。しかし、そのさまざまな思いや考えことを連想せずに、受け流し、姿勢を正し呼吸を整えて行くことで、自然にこころが整ってくるのです。大事なことは坐禅によって体と呼吸を整えることで、こころが落ち着くことを自分自身で体験してみることです。一時さまざまな考えごとを休んで、こころを空っぽにして座ってみる、すると静かで安らかな気持ちになれるでしょう。おそらく、この気持ちはふだん忘れていただけで、こころの中にあったのです。

毎日坐禅を続けていると、脳内にセロトニンという分質がでてきて、神経に作用して落ち着いた考えができるように成るそうです。科学的にも坐禅で、こころが整うといわれています。

私たちは普段の生活の中で自分勝手な欲望や、物事の表面に振りまわされてしまいがちですが、さまざまな思惑や欲にとらわれず、坐禅をすることによって、身体を安定させ、心を集中させるて、身・息・心の調和をはかり、穏やかななる静かなこころの安定を体験してみてはどうでしょう。

 

道元禅師はまた、坐禅だけではなくすべての日常行為に坐禅と同じ価値を見いだし、禅の修行として行うことを説かれています。修行というと日常から離れた何か特別なことのように聞こえますが、毎日の生活の中の行い一つひとつを坐禅と同じ心でつとめ、それを実践し続けることが、私たちにとっての修行なのです。

坐禅は正しい指導者のもとで行いましょう

 

こし庵
曹洞宗の座禅は壁に向かって座り面壁坐禅めんぺきざぜん」、臨済宗の坐禅は、「看話禅かんなぜん」と呼ばれ人と向かい合う対面形式なんだよ
とにかく、ただひたすら坐禅だよ
シャカ
こし庵
え、あしがシビレちゃう( ̄▽ ̄)

 

大本山 永平寺(福井県)

 

〒910-1294
福井県吉田郡永平寺町志比10-5
0776-63-3102

 

道元禅師は今からおよそ八〇〇年前に京都でお生まれになり、名は文殊丸もんじゅまる天皇家の流れをくむ名門貴族、内大臣久我通親を父親に持ち3歳で父を亡くし、八歳で母を亡くし、叔父の松殿家で育てられました。親族一同は政治家として期待を寄せていたところ、比叡山のふもとに住む、母方の叔父良勧法眼をたずね出家を願い、その心は頑なに一途なものでした。文殊丸は天台座主公円のもとで剃髪し大乗菩薩戒を受け、「仏法房道元」と名乗り修業にはげみました。
厳しい修業に打ち込む日々を送っていました。しかし、貞応二年(一二二三)二十四歳の春、仏道を求め、現在の中国の宋の国へ渡り一二四四年、道元禅師が四十五歳のとき、波多野義重はたの よししげ公の願いによって、越前(福井県)に大仏寺だいぶつじを建立し、二年後に永平寺と改められたことに始まります。
深山幽谷の地にたたずむ山門さんもん仏殿ぶつでん法堂はっとう僧堂ふそうどう庫院くいん浴室よくしつ東司とうす七堂伽藍しちどうがらんでは、修行僧が道元禅師により定められた厳しい作法に従って禅の修行を営んでいます。

『あらゆる世界は光で満たされ、生きとし生けるものは仏の説法を聞く。杖と袈裟はともに笑って喜び、僧堂、仏殿、鉢孟もまた喜んでいる』~一二五〇年 道元禅師『永平広録』第5巻より

*鉢孟(ほう) 僧侶が使う器のこと。食事、托鉢に使う。応量器ともいう

 

曹洞宗の開祖|道元禅師と瑩山禅師|お釈迦様の教えに生きる

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大本山 總持寺(横浜市)

 

〒230-8686 
神奈川県横浜市鶴見区鶴見2-1-1
TEL 045-581-6021 

 

一三二一年、瑩山禅師が五十八歳のとき、能登(石川県)の諸寺嶽もろおかでら定賢律師じょうけんりっしより譲られ、これを禅院に改めて諸嶽山しょがくさん總持寺そうじじと名づけたことに始まります。

一八九八年に七堂伽藍を焼失し、一九一一年に能登から横浜市鶴見へ移りました。なお、旧地は總持寺祖院そいんとして再建され、地域の信仰を集めて今日にいたっています。

『お釈迦さまは明星を見てさとりを開かれて言われた。わたしは、世界中の生きとし生けるものと同時にさとったのである』~一三〇〇年 瑩山禅師『伝光録』首章、本則より

*伝光録 瑩山禅師が石川県大乗寺において、一三〇〇年一月十二日から開示したもの。

 

曹洞宗公式サイトより一部引用
https://www.sotozen-net.or.jp/soto/honzan

 

こし庵
本山に行ってみたいな~
永平寺で坐禅の修行をしてきたら?
シャカ
こし庵
ひざが折れちゃうって( ̄▽ ̄)

 

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