fbpx

維摩経

大乗仏教から仏陀の精神を説く維摩経 【第二巻 方便品まとめ】

        大富豪の仕事術(著者:マイケル・マスターソン)

 

 

『維摩経』(ゆいまきょう)が作られたのは紀元1~2世紀頃(日本が縄文時代ぐらいの頃)インドで興起した大乗仏教で作られました。

お釈迦さまの入滅後に500人の僧侶たちが集結して、お釈迦さまの説法を編集していくのですが、出家僧侶だけの仏教(小乗仏教)に対する批判が生じてしまい、在家であろうと出家であろうと、男であろうと女であろうと、性別は問わない全ての人々で修行をしてゆこう、そして仏陀の教えと精神に帰ろうと若い人々が大乗仏教を作り分裂したのです。(今もなお現在に続いているのが大乗仏教です)

こし庵
維摩経は般若経典を物語形式に書かれたもので仏国品(ぶっこくぼん)から嘱累品(しょくるいぼん)まで全部で14巻あります。

第一巻 仏国品と言います、維摩経の総論のようなもので、仏教の理想とする世界はどのようにしたら作れるのか、現世が浄土のように汚れなき世界を作るにはどのようにするのか説いています。

第二巻 方便品はで維摩居士とはどんな方か書かれています。

第三巻 弟子品はお釈迦さまの弟子たちが維摩居士の病気見舞いに行けと言われ、みな尻込みしてしまいます。
それぞれの理由の中に坐禅、説教、病気、道場、法施、仏教真理について維摩居士にやり込められた情景が書かれています。

第四巻 菩薩品で弥勒菩薩(みろくぼさつ)のことと、六波羅蜜のこと結局は文殊菩薩(もんじゅぼさつ)が維摩居士の病気見舞いに行くことになるのです。

第五巻 文殊師利門疾品(もんじゅしりもんしつぼん)は維摩居士とのやりとりで、入不二訪問(にゅふじほうもん)について法論を戦わしています。

第六巻 不可思議品というものがあり、一切のものを解脱してその解脱した境地をさらに解脱するということが書かれています。

第七巻 観衆生品(かんしゅじょうぼん)は人間の存在とはについて書いたものです。

第八巻 仏道品は仏の道はなんであるかということが書かれております。

第九巻 入不二法門品(にっぶじほうもんぼん)では、物を二つに見ない、しかも不二なのだから二つではない、二つでありながら二つでない、といった境地について書かれています。ややこしいですね。

第十巻 香積仏品(こうじゃくぶつぼん)では、仏の食物と無償の行為、償いなき行為、報酬を求めない行為について書かれています。

第十一巻 菩薩行品(ぼさつぎょうぼん)では菩薩とはどういうものか、それはどんな行いなのか、それは有無ともに超えることであると説かれています。

第十二巻 見阿閦仏品(けんあしゅくぶっぼん)では仏を見るということは自分を見る事だ、真実の自分を発見することと結論づけてます。

第十三巻 法供養品(ほうくようぼん)

第十四巻 嘱累品(しょくるいぼん)

とあります。

維摩経は近年1999年、大正大学の研究チームによってチベット・ポタラ宮の書庫でサンスクリット語写本が発見され一大ニュースとなりました。その経典のなかで教えを説くのは、在家仏教者でありながら悟りを開いたとされる、梵語でヴィマラキールティ「維摩詰」(ゆいまきつ)という名前の居士(こじ)を中心にしたお経なのです。文学性に富んだドラマ仕立ての構成になっているのもこの経典の特徴であり、大きな魅力ともなっています。

中国語に訳したものが3種あり、漢訳は7種あったと伝わりますが、支謙訳『維摩詰経』・鳩摩羅什訳『維摩詰所説経』・玄奘訳『説無垢称経』というものが3巻あります。日本では聖徳太子が法華経(ほけきょう)勝鬘経(しょうまんきょう)とともに維摩経の三経に注釈を加えて『三経義琉』(さんぎょうぎしょ)と呼んでいます。

物語は病を得た維摩のもとへ、お釈迦さまの指示により訪ねてくる弟子・舎利弗(シャーリプトラ)、摩訶迦葉(マハーカーシュヤパ)や文殊菩薩たち。そこで繰り広げられる弟子や文殊たちと維摩詰との真理に関する問答。核心にあるのは「空」「煩悩即菩提」の思想であり、菩薩とはなにか、仏国土とはなにかという大問題が展開されるが、それぞれの場面は芝居仕立てによって読む者・聞く者を強く惹きつけていくのでした。

 

第2巻 方便品まとめ

 

維摩経というのは維摩詰(ゆいまきつ)という名前の在家の居士の方を中心に考えられたお経でして、本来のお経はお釈迦さまが中心でその教えに基づいたものなんでしょうが、5千4十巻余りのお経で、在家の居士(こじ)を中心に書かれたお経はこれだけなのです。

維摩という方は古代インドの商人で、釈迦の在家の弟子でヴァイシャーリー(毘耶離城)という工業都市の大富豪であり、熱心な仏教徒でしたが出家はせず、お城のような巨大なお屋敷で、妻子や使用人たちと暮らしていました。
禅の大家、禅の大居士といわれるほど、大衆のために自分の財産を使い、人々を助け、大乗仏教の教えやお釈迦さまの精神論について説かれていたのです。
釈迦も認めるほど説法が上手な人で、海のように深いく知識が豊富で色々な方法を考えて人々に救済や施しを授けて、菩薩には修行のあり方を教え帝釈天、梵天、インドの神々の称賛尊敬されていました。

「方便これ菩薩の浄土なり」お釈迦さまは方便が得意で、嘘も方便といったのは、お釈迦さまの衆生救済の方法をいった事でしょうか。

維摩は方便をもって病気の状態を示したということになっております。

ある時に、維摩が仮病のウソを付いて自分が病気したと広めたところ、それはもう国王・大臣・王子・宰相・群臣・バラモン居士・商人市民およそ千人からの訪問客があり、それぞれのお見舞いにくる人々に病になった自分の体を、色々な比喩表現で大乗仏教の根本精神を説かれるのです。そして人々の多くがこの無上の正しい悟りに対して発心しました。

そうしている内にお釈迦さまはなぜお見舞いに来てくださらないのだろうか、お釈迦さまもお見舞いに来てくれるのではないかと、心の中で思いますとそれがお釈迦さまに通じて、それでは自分の弟子たちをお見舞いに行かせようということになり物語が始まります。

 

 

第一巻 仏国品       第3巻 弟子品

 

-維摩経

© 2021 こし庵の仏教ブログ