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維摩経

大乗仏教から仏陀の精神を説く維摩経 【第五巻 門疾品まとめ】

        大富豪の仕事術(著者:マイケル・マスターソン)

 

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第五巻 門疾品まとめ

 

最後に釈迦は文殊師利菩薩(もんじゅしりぼさつ)に維摩のお見舞いを頼みました。

「三人よれば文殊の知恵」という格言があるように、知恵の神様として学業向上や合格祈願に有名な菩薩です。仏教では智慧と知識を区別して、本来悟りへ到るための智慧ということに使われ、頭の良さや知識が優れることの知恵とは区別されています。

「釈迦、あの方はとても自分のような者が対応できる人物ではありません。、維摩は全ての存在の真実の姿を知っており、菩薩の威儀・法は全て知っています。また普通の人間とは違った能力を持ち、智慧と方便は、既に仏に劣らず、悠々自適に生きている偉大な方です。しかし仏のご命令とあれば、喜んで彼を見舞おうと思います。」と文殊が維摩のお見舞いに行くことになりました。

この二人の知恵者と知恵者の対決を見逃すことは出来ないと、8千人の菩薩たちと500人の弟子、5000人の天上の神々も文殊の後に続きました。

「善く来たな。文殊師利。お前が、来ずに来たので、私も会わずに会うことにしよう。」維摩が言いました。(全く意味不明クゥ( ̄▽ ̄))

文殊師利は、その家に入るとすぐに気が付きました。その室内は空っぽで何も無く、寝台を一つ置きその上に維摩詰が、ただ独り疾(やまい)に臥せっていました。これは時間も空間の制約は受けない、自分をからにして無心で対処する、絶対無の世界、空(くう)と病と無の仮の相を示していたのです。

「その通りです維摩さん、もし来てしまえば、もう来ることもないし、去ってしまえば、また去ることもない。」( ゚Д゚)ハァ?
何のことかと申しますと、来る者も元の場所もないし、去る者もそこから去っていく場所もないのです。会おうとする者にも、更に会うことはできないのです。
この話はこの辺に致しまして、病の原因と治療どうですかと尋ねたところ

「ばい菌などで病気になったのではありません。世の中の衆生が病気なので自分も病気になったのです。全ての人々の病気がなくなれば、私の病気は治ることでしょう。」

維摩が言うには「全ての人々を救いたい。全ての人々の悩みを除きたい。維摩は世俗の中で生きるうちに、三毒で病んでいる人がたくさんいることを知り、そういう人たちの苦しみに寄り添おうとしているうちに、自分も病いを罹ってしまったと。つまり親が子を思うと同じく無償の愛から慈悲の病気がおきたのです。」と言いました。
この後の二人の問答は凄まじいものでした。

文殊は維摩にこの部屋は何故に空っぽなのかと聞いた
維摩は「理由など何もない、空っぽなものは空っぽだ。」では何故に家財道具を片付けたのかと聞きました。
「それは、自分本位の考えを捨て、無差別の空を示し、えり好みの心を捨て、自分の心をまず空にすることで、本当の空を追及できるのだ。」と答えました。

その後も維摩は大乗仏教の在り方、菩薩が菩薩を救う方法を文殊菩薩に授けてました。

 

文殊菩薩

 

こし庵
維摩経は「慈悲」と「空」(くう)をテーマに作られていると思います。部派仏教の一つ、説一切有部で説かれる釈迦の十人の弟子たちは、維摩の大乗仏教の説かれる教理で、過去にメタメタとタンカを切られ、やり込められたと言う回想で物語が作られています。説一切有部の思想を説いているならば、釈迦と同じ中道の心を持ち不二一如と見ることができるなら悟りを得ることができるはず、維摩居士は大乗仏教の正当性を懇々と語るのです。

 

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-維摩経

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