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維摩経

大乗仏教から仏陀の精神を説く維摩経 【第六巻 不思議品 第七巻 観衆生品 第八巻 仏道品まとめ】

        大富豪の仕事術(著者:マイケル・マスターソン)

 

第五巻 門疾品

 

第六巻 不思議品のまとめ

 

解脱をさらに解脱する不可思議品(ふかしぎぼん)

そのとき、部屋に入った舎利弗(しゃりほつ)は座席のないことに気が付いた、この大勢の菩薩や弟子たちはどこに座れば良いのか。それを知った維摩は舎利弗さん「あなたは真理を求めにきたのか、座席を求めにきたのか」と聞いた。
舎利弗は「真理を求めにきたのです、座席のためではないです。」と答えました。

「真理を求める人は自分の体さえ顧みず命がけで追及する、座席など必要ない、真理を求める人は仏について求めず、法について求めず、僧について求めないのです。そして欲界、色界、無色界を求めてはいけません。さらに、苦集滅道の四諦(したい)の苦しみをよく知ろうと求めたり、迷いの心を断とうと求めたり、悟りを極め悟りへの道を求めたりしません。なぜなら、真理には無意味な戯言(ざれごと)はいらないのです。」

「そして正しい法(真理)というのは、対立を超えた絶対のものだから、それは寂滅(じゃくめつ)であり、無染、無相であり、収拾のないのは当然です。それらを求めてはいけないのです。寂滅というのは何もない全ての欲望の消えた世界のことで、無染とは執着しないこと。求める心を捨て求めない心をもてば、初めて真の法を得られるです。」

この後も、舎利弗は維摩に大乗仏教において法の求め方を懇々と教えられ、言葉を聞いていた大ぜいの弟子たちが「法眼浄」を得た。目から鱗といいましょうか、自分本位の法の求め方が間違っていることに目覚め、悟りを得たらしいです。

不可思議解脱とは維摩が申しました

「全ての束縛から抜け出て、何ものにも束縛されず、自由な生活を得るには一如不二の根本原理に立って実践して初めて不可思議解脱が達成されるのです。全てのものは一つの生命につらなり、生を喜び、死を嫌うのは人の常ですが生死を一如と見たら、生においても死の恐怖においても、少も縛られなく生死から自由を得たなら人は解脱ができるということだ。」

 

こし庵
現実は善と悪、迷いと悟り、生と死これらに求める心を捨て求めない心になる、無の原理を体験して無の世界を乗り越えて、再びもとの世界にもどり束縛からぬけた自由な日常生活を送ることが真実の人生ではないでしょうか。
ああ‥( ̄◇ ̄;)?
シナモン庵

 

第七巻 観衆生品  第八巻 仏道品

ここでは、人間とは何であるか、仏の道とは何であるかと説かれています。

菩薩は人々に対して慈・悲・喜、不偏の心を持って対応しなければならない。菩薩は人々に慈しみを与える、菩薩は人々を憐れむ心であり、菩薩は与えることを悔やまず、菩薩は人々に偏らない心で対応しなければならない。

維摩と舎利弗のやり取りでは、出家を男に限定する部派仏教の因襲的な考えの間違いを正し、女でも男でも区別はないと。
如来と菩薩の家族、家系を煩悩や法や真実といった比喩的な表現を取り入れ、悟りに至っては逆説的な言い回しで説いています。

 

第五巻 門疾品    第九巻 入不二法門品

 

-維摩経

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